青葉ゆらして…
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 



閑静な住宅街をその周縁に従えるように、
丘の上に位置し、ハイソな街の象徴ともなっているのが、
それは清楚で聖なる乙女らが集う とある女学園で。
歴史も古く、
それなりの地位の女子しか
高等教育は受けられなんだ頃からの創設ということもあり、
代々、それなりの名士名家の令嬢らが多く通うことでも知られていて。
勿論のこと、それあっての始まりではないがため、
おおらかな校風の中、
自由闊達にして自立心の強い女傑が数々輩出されてもおり。

 「差し詰め、今期の顔触れの中では…。」
 「あ、他人事みたいにこっち見てどうしますか。」
 「……。(頷、頷)」
 「久蔵殿も、ですよ?」
 「〜〜〜っ!?」




   ◇◇◇



学園の敷地のあちこちに慶雲のように咲き誇り、
思わぬ華やぎをくれていた、そりゃあ ゆかしくも富貴な桜たちが、
今年は半月も前倒しになったせいか。
あっと言う間の駆け足で去ったあとには、
緋白と入れ替わりの幼い緑が頑張って萌え出す様が、
これもまた何とも清々しい。
校庭がそのまま手入れのいい庭園でもある当学園では、
校舎や特別棟などに添うて植えられた様々な樹花が、
季節の巡りに合わせて木立や茂みへ顔を出し、
下生えの芝草も少しずつ瑞々しさを増す中、
いいお日和の昼休みの中庭や後庭の広場は、
格好のランチの場にもなっていて。

 「坂之下様は 今日はダイニングへ?」
 「ええ。家人へお弁当だと知らせ忘れてしまったので。」
 「では、テラスでご一緒しませんか?」
 「よろしいの? 嬉しいvv」

昼食は、基本 お弁当持参とされているものの、
ご家族がお忙しい方もおいでなら、
部活動に熱心で、朝も早よから出て来られる方もある。
お弁当が荷物になるのがちょっと…という主義の方もおいでで、
自分で作ることにしているお人が、
今日はしまった寝坊したなんてお茶目な場合もあろうし、
そうかと思えば、
やんごとなきお嬢様が多数おいでの学園とはいえ、
お腹が空いたんでと、
午前中の中休みにとうに平らげたという豪傑もいなくはなくて。
ちょっとしたラウンジのようなお洒落なダイニングも、
カフェテラスのような喫茶室も、お昼時は盛況となるのではあるが、

 「今日はいいお日和ですわね。」
 「本当に。朝は風が冷たかったのですが。」
 「暖かくなって良かったことvv」

緑したたる校庭のあちこちには、
制服のまま腰掛けても大丈夫そうな、
ベンチやそれに見合おう縁石などが結構散らばってもいて。
校舎裏にあたろう場所には、石作りの座席つき、
野外音楽堂なんて施設もあるほどで。
お天気のいい日は外でお弁当を広げませんか?という運びへ、
自然となだれ込めるような雰囲気も万全だったりし。
とはいえ、そうやってお外でランチと運べるのは、
この時期では学園にすっかり慣れておいでの上級生が主。
進学して来たばかりの一年生は、
まだまだ教室やダイニングでというクチばかりの時期でもあり。
とはいえ、
行動力のある顔触れというのはどんな世界にもいるもので。

 「あら。えっと、確か今朝…。」

セーラー服のリボンを収める輪のところ、
校章が刺繍されているのだが、学年によって色が違う。
今期は三年が緑、二年が紺、一年生が赤であり。
お弁当だろう小ぶりの手提げをさげて、
中庭の遊歩道を進んでいた一年の生徒が、
通りすがりの縁石に一人腰掛けて食事中の、
赤い校章、やはり一年生に気がついて立ち止まる。
共に歩んでいた連れが おややと気づいて、

 「どうかなさったの? 咲子さん。」
 「いえ、今朝方 駅前で。
  鷲尾さん、と仰有る方なのですが。」

学生カバンの角にどこで擦ったか汚れがついてたの、
わざわざご自分のハンカチで拭って下さったのと。
少し伸ばした髪を
ギンガムチェックのリボンがついた
黒ヘアゴムで1つに束ねた、
それは慎ましそうな様子の少女のこと
顔見知りなのと 一緒にいたクラスメートへ告げ、

 「外部入学のその上、
  こちらへは急なお引っ越しでいらしたばかりなんですって。
  確かえっと、E組でしたっけ?」

学校までの道、そのまま一緒に辿ったのだろ、
そこでのお喋りを付け足せば、

 「あら、それは…。」

お連れは持ち上がり組だったのか、
なのでのこと、見覚えのないお顔だなぁと小首を傾げたようだったが、
他所のクラスの しかも転校生ならそれも道理。
なのに、こんなところで一人でおいでだなんて。
もしかして内気な人だから まだお友達が…と、
そういう想定も容易につくというもの。

  …となれば

今時には珍しいかも知れぬほど、
それは屈託のないお嬢様ばかりの学園ならではで。

 「よろしかったら私たちとご一緒しませんか?」
 「え? あの…。」

やはり引っ込み思案なお嬢さんか、
お弁当箱に蓋をかざしつつ、
どぎまぎと視線を揺らして戸惑っておいでだが、

 「ね? ご一緒しましょうよ。
  ほら、斉唱部に入りたいともお話ししてらしたでしょう?
  向こうで待ってる中には部員だってお人もおりますことよ?」

 「そうなんですの?
  じゃあ丁度いいじゃないですか。」

手を取ってまでという強引さはなく、
あくまでも朗らかに笑っての誘いかけ。
ううんとかぶりを振るようだったなら、
ではまたの機会にと引く呼吸も、
勿論心得ているお人らだったが、

 「……じゃあ、あの。///////」

お箸をつけたばかりだったらしいお弁当、
一旦仕舞い始めた彼女なのへと。
良かった良かったとの頬笑みも甘く暖かく、
新しいお友達が出来たこと、心から喜んでおいでのお嬢様たちであり。

 「まあ、E組へ?」
 「残念ですね。
  A組かC組でしたら、
  クラスが違っても
  合同実技や選択教科でご一緒出来るかと思いましたのに。」

中庭温室の周縁は、
陽だまりも多いし腰掛けやすい段差もあるので、
この時間帯は格好のランチ広場。
六段ほどある石段を、
でも一杯に広がっての占拠はせずというお行儀は守りつつ、
八人ほどの一年生たちが、彼女らはB組なのだろ、
新しいお顔へも懐っこく接しておいで。

 「えと…。//////」

よほどに含羞み屋さんなのか、
質問が続くと あのあのと口ごもって俯いてしまわれる初々しさへ、

 「ダメですよぉ、播磨さん。」
 「鷲尾さんは ゆかしい方なのですから。」
 「あらイヤだ。私だってお淑やかですわよ?」

わざとらしくもおどけて応じたお友達へ、周囲の顔触れもくすすと吹き出す。
鷲尾さんチのお嬢さんも、つられて うふふと微笑んだので、
連れて来た咲子さんも、おどけた播磨さんもほっとお胸を撫で下ろして、
何とも暖かな陽だまりに、それは爽やかな風までそよいだほどで。

 「…なので、シスターにも届けてのことなら構わないのですって。」
 「そうなんだ。わたくし、知りませんでした。」

品よくお箸を進めつつ、
昨日放送されたテレビ番組への評や、
人気のある音楽ユニットの新曲、
上級生の間で流行している髪飾りや、
駅前の甘味処の新メニューなどなどと。
他愛のないお喋りに花を咲かせているところは、
こういうお嬢様がたでも変わりはないようで。
持ち上がり組と外部入学者とが混在するグループらしく、
ここならではという情報交換もひとしきり。

 「車での通学も、
  特別遠いところから来られておいでの方とか、
  お体が今一つ丈夫でない方などは、
  許可を得てですが、認められているようですよ?」

という話題になったのは、
時折、学園の柵越しに
大きめのセダンだか外国車だかを見かけるという話となったからで。

 『美術部の課題のデッサンにと、
  敷地内のあちこちをよく回っているのですが。
  今日は表近くで、昨日は裏手でと、
  数日続けて同じ車らしいのを見かけたのですよ。』

どうやら美術部員であるらしい咲子さん、
風景画の中へそんな無粋なものが入るのは好まぬか。
見かけるごと、場所を変えざるを得なかったものだから、
そんな苛立ちとともに余計に覚えておいでだったらしく。

 「そうですか、
  許可さえあるなら送迎にお車が来ることもあるのですね。」

どの機会に見たおりも、中には人が乗ってたようだから、
そういう事情かぁと、なぁんだと納得しかかったものの、

 「…でも、変ですわね。」
 「伊織さん?」
 「何がですか?」

咲子さんと一緒にいらした、
肩先で切り揃えたつややかな黒髪も麗しいお嬢様。
小ぶりのマグポットに入れておいでのお茶で口元を湿すと、

 「だって、お迎えの車だとして、
  何でそうそう あちこち違う場所へ停めますか。」
 「あ……。」

石段の据えられたそこは、温室を少し見上げる格好の斜面でもあり。
段上のすぐ脇には、
まだまだ若くて丈も低いが、
そろそろ蕾が膨らみ始めるニセアカシアの樹が立っており。
小判型の小さな葉が寄り集まったしなやかな梢が、
さわわさわわと、風になぶられては小声の囁きを投げかけていて。
それへ釣られた訳ではないが、
不審だと訴えた伊織さんチのお嬢さん、
お声を少し低めると、

 「人目につきたくなくてとか、遠慮してのことなら、
  いっそ、決まった場所にじっと待ってるものではなくて?」

 「…そうよね。」
 「駐車禁止な場所だからこまめに移動している、なんていうのも、
  運転手の方が乗ってらっしゃるのなら通らないことですわよね。」

あら、そういう気遣いをよく御存知でしたわね?
ウチの運転手の方が話してくれたことがあるんですの、と。
良家のお嬢様、らしからぬ方向へ、
話が段々と逸れてゆきかかる。

  ……もしかして
  潜在的にそういう気風なのか、ここの皆様?(苦笑)

 「だったら…どういう方々なのでしょう?」
 「いやだわ、覗かれているのかも。」

すべらかな頬を優しい造作のお手々で包み込み、
心底 不愉快だ怖いと、ふるふる肩をすぼめてしまわれるお人がいた中、

 「あ、そういえば。」

咲子さんがまめご飯のグリーンピースを上手に摘まみつつ、
何か思い出しての声を張る。
何だ何だと居合わせた皆が注目して来る中で、

 「確か、二年の林田様、ひなげし様が、
  あちこちへ防犯カメラを据えてらっしゃるとか。」

いつまでも捧げ持っていても何だからと、
お箸の上のお豆さんをお口へ放り込んでから、

 「ほら、宇都木さん、一子様が紅ばら様から訊いたって。」
 「そうだった。一子様、紅ばら様とご懇意になさってらっしゃって。」

一子様がまた、何かの妖精みたいに繊細そうで可憐な方で、と。
少々 話がよれかかりつつも、

 「で・す・か・ら。
  いつだったか校内に侵入者があったとかで。
  そういった恐れを用心してのこと、
  あくまでもお守りみたいな簡易のレベルのだけれども、
  何時間分かの映像を記録しておける監視カメラをネ、
  とあるあちこちへ設置したとかどうとか。」

ここだけのお話ですよ、皆様方と、
声を潜めてのお顔を下げて囁いた咲子さんだったのへ、
他のお嬢様がたも“ええ”と頷き合ってから、

 「もう察知なさっておいでなのかしら。
  そうでなかったなら、お話ししといた方がいいのかしら。」

何かあったら、怪しいお人が接近しつつあるというのなら、
それを警戒してなさるお姉様なら、
もっと先の算段も立てておいでなのかも知れぬ。
そういえば、白百合のお姉様は警察のお知り合いがおいでだとか。
紅ばら様だって、
いつだったかお髭の警視庁のお人と
Q街の町角で何か立ち話をしてらしたわよと。
あの風貌では成程仕方がないことか、
思っていたより目立っておいでの 件のお方がただったりし。(苦笑)

 「どうしよう。だったらお話しした方がいいのかしらね。」

学園の治安のためにと手を尽くしておいでなのだったら、
こんな風に見聞きしたことも、
一応はお伝えするのが筋かしらと。
たった一つの年齢差でも敬語が欠かせぬ上級生相手だし、
ましてや女学園で知らぬものはないほどの人気者なお姉様。
だったら、シスターへの報告よろしく、
こういう事案も持って行っていいのかなぁと。
今一つ踏み出せないらしい咲子さんだったのへ、
クラスメートの皆様も、う〜んと考え込んでしまったものの。

 「…あのっ。」

不意に、それまで押し黙っていたお人が、
思い切ったように声を張った。
愛らしいフォークを持った手をぐうに握り締め、
ドキドキしてか胸元へと押しつけるようにしつつ。
お顔もどこか、口元をうにむにと咬みしめ直しつつという、
緊張半分という様相のまま、
それでも言わずにはおれないか、
うんと息を飲んでから、あらためてお口を開いたわ、
鷲尾さんチのお嬢さん。

 「あのっ、その人のお名前は私も聞いておりますが。」

有名なお姉様たちなだけに、
こちらへは最近いらしたばかりの彼女にも、
情報としてならば届いていたらしく。

 「とっても頼もしくて
  優しいお姉様がたと聞いておりますが、でもっ。」

えとえとと言葉を探しながらおお話へは、
他のお嬢様たちもいつしか息を飲んでの聞き入っておられて。

 「どんなに頼もしくとも、
  高校生同士のお姉様がたに
  お任せしていいことかどうか。」

 「あ…。」

車に乗っている不審者ということは、
少なくとも18歳以上の大人だということではないか?
しかも、数日続けて学園の周辺に出没出来るなんて、
普通一般の勤め人ではないかもしれぬ。

 「そうですわね。」
 「注意しにと近づかれて危ない目に遭われでもしたら。」

  いやです、そんな。
  ええ、わたくしも。

皆さん憧れのお姉様がたが、
おっかない相手に罵倒されたり手をかけられたり、
そんなところなんて、想像するのも耐えられぬと。
ひじを張っての頬やお耳を両手で押さえるようにして、
イヤイヤと身をよじるお嬢様たちであり。
急にそんな素振りになった皆様へ、
通りすがった別のクラスのお姉様がたが
蜂でも飛んで来たのかしらと周りを怖々見回して下さったくらい。

 「でも、それではどうすれば。」

気になる存在には違いない。
ただ、お姉様には話せぬし、

 「シスターへも、
  確たることでない内からご注進していいものか。」
 「ですわよねぇ。」

おいおい、お姉様がたの方が先なんかいと、
とある方々がいたらば、もの申すしたところだろう見解を
どうしよどうしよと困ったように取り交わしておいでのお方々なのへ、

 「とりあえず、私たちで用心するというのはどうでしょうか。」

依然として自分の胸元を押さえつつ、
やはり鷲尾さんがそうと提案する。
初めてご一緒した人達へ意を通すのは勇気の要ることか、
束ねた髪ごと ふるると肩口をひとつ震わせた彼女だったけれど。
そんな健気な様子から、
他のお嬢さんたちの心へも触れるものがあったよで。

 「そうですわよね。」
 「そうそう。
  実は何でもなかったなら、
  騒ぎを起こすだけご迷惑かも知れませんし。」
 「でも、ではどうするの?」
 「怪しい方々だという恐れも拭えませんわ。」

女子高生しか通わぬ学び舎の柵の傍へ、
数日続けて車を乗り付けていた正体不明の人物ら。
ただ放置するというのも落ち着けぬと、
これは伊織さんが言及したのへは、

 「そうですね。
  数日ほどの様子見として、
  出来るだけ複数で通学することを意識するとか。」

何事も起きないに越したことはありませんが、
万が一にも声を掛けて来たりしたならば。

 「一人きりでは抵抗も何も出来ないかも知れませんが、
  二人いれば、どちらかが悲鳴を上げたりして
  相手の手をつかねさせられると思います。」

この学園の周縁に出没している相手だということは、
直接かち合う機会があったとして、それもまたここいらだということだから、
だったなら それほど人気のない場所とも言い切れぬ。
道には人影がなくとも、周囲の家々には人も居ようし、
それこそ学園の誰かに届くやも知れぬから、

 「そうですわね、単独行動は控えましょう。」
 「ええ。」
 「必ず誰かと一緒に。」

どこかから聞こえるバイオリンの音色が、
やさしいメヌエットを奏でる昼下がり。
ヲトメらの真摯な決意を応援しているかのように
さわわと気持ちのいい風が吹きそよいだのでありました。





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